第五回本格ライトノベル大賞各作品コメント

第五回本格ライトノベル大賞、大賞は『スチームヘヴン・フリークス』に決定しました。

以下は各作品の選評になります。

京都SFフェスティバルでの選考会に参加していたかたがた、どうもありがとうございました。

(再掲)

《第五回レギュレーション》
・広義のライトノベル作品であること。
・2013年9月から2014年8月末までに、単行本デビューした新人作家であること。
・ただし同期間内にデビューした作家に限り、複数シリーズを刊行している場合はいずれも含む。

上記のレギュレーションのもと、100作を超える対象作品の中から会員が特に推薦したい作品として選出した今年の候補作は以下の6作品になります(作者名50音順)。

◎伊崎喬助『スチームヘヴン・フリークス』(ガガガ文庫)
・扇友太『MONSTER DAYS』(MF文庫J)
・神高槍太『代償のギルタオン』(スーパーダッシュ文庫)
・秋堂カオル『神託学園の超越者<トランセンダー>』(GA文庫)
・為三『ストライプ・ザ・パンツァー』(MF文庫J)
・羽田遼亮『リーガル・ファンタジー 1 勇者弾劾裁判』(ファミ通文庫)

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『スチームヘヴン・フリークス』伊崎 喬助
 できるだけ遠くにゆくこと。
 すなわち新しい地平に降り立つことはとても難しい。ライトノベルにおいてはなおのこと難しい。何となれば、ライトノベルこそは自由とほど遠い言語空間であるからだ。ここにはちょっとよそでは考えられないくらい濃密な文脈の蓄積がある。文脈は形式と内容を規定し、過去参照をつねに強要する。極めて強力な支配がここにはある。強力すぎるがために、ひょっとするとその支配の存在は気付かれていないようにさえ見える。
 これはライトノベルがもつ功罪半ばする特性である。すなわち、文脈を共有する読者に「あれと同じ」という親しみやすさを与えもしたし、「あれと同じ」(あるいはプラス・マイナスを逆転させたような「違い」)にしかならないという作家への呪縛の源泉にもなったからである。
 すでに成立から一世代が経過しようとするここで、作家は遠くへとゆけるのだろうか?
 『スチームヘヴン・フリークス』は、今回の候補作のなかで、もっとも遠くまで辿り着いた作品だ。それは選考委員の衆目が一致するところであった。本作は、発達した蒸気技術と超常的な霧に覆われた1960年代のビザーバーグを舞台に、賞金稼ぎと自警ヒーロー・チームらが秘密結社の遺産を巡って戦いを繰り広げる筋書きである。彼はいかにしてもっとも遠くへ辿り着いたのかといえば、まず形式が目につこう。アメリカ風の息づかいと日本00年代の文化を消化しきった上で生み出された文章である。そして形式は内容と表裏一体だ。登場人物の役割、抱えるエピソードや小道具の使い方(例えば「光線銃」の取り回し)にいたるまで、ふたつの文化は融合したかたちで姿を見せる。両者が、伊崎喬助という書き手のもとに統合され、小説として出力されているのだ。
 『スチームヘヴン・フリークス』は、上述のような「ライトノベルの伝統芸」から「離脱」するような志向をもっている(ただし完全に外れているわけではない。例えば導入部は「伝統芸」を逆手に取った作劇である。本格的な脱線は次章以降に訪れる)。本作の決定的なポイントは、文脈の破壊ではなく離脱である。それを地に足のついた形で、普遍性を損なわずに小説に成らしめたこと。本作を導くのは作家・伊崎喬助がもつ文脈である。そして彼自身による旅の遍歴は、早くも第一作の時点で、わたしたちの見たことのない地平に到着しそうな気配を見せている。その将来性は、選考委員の多くをして本作を支持せしめる最大の根拠となった。
 今回で五回を数える本格ライトノベル大賞は、ライトノベルの新しい地平をつねに探し求めてきた。『スチームヘヴン・フリークス』は第五回大賞を授与するに相応しい快作である。

『リーガル・ファンタジー』羽田 遼亮
 心地良いリズムをもった小説である。RPGチックなファンタジー世界を舞台にしたライトノベルは数多く書かれてきたが、その舞台の上に法廷闘争を載せたのは先鞭だろう。
 人類と魔族の戦いが終わって早300年、都市は発展し法治国家が誕生し、そこでは数多くの弁護士が活動している。正義の審判人に憧れる主人公フィオナは念願叶って法曹界に入るものの、悪徳守銭奴・しかし業界第一のやり手スミオ・マリアヘル弁護士の元で働くことになってしまったからさあ大変である。そんな彼女たちのもとに依頼が持ち込まれる。「弾劾裁判に掛けられた勇者の弁護」、それが案件の内容である。どうしようもない駄目人間の「勇者」を名乗る男を弁護するべく二人は奔走をはじめるのだが、やがて「勇者」がもつ因縁が明らかになってきて……。
 選考会では法廷ミステリとしてどうかという疑問もつけられたが、小説の構成は凝っているし、軽妙洒脱なタッチが読者を作品世界に引きずり込むところがある。とくに探偵役を務めるスミオ・マリアヘルの魅力は、数多い候補作の登場人物のなかでも随一といえる。読み味豊かな良作だ。

ストライプ・ザ・パンツァー』為三
「本ラノ」のレギュレーションに即した新人作品だけでも毎年100作以上が刊行されているライトノベル。その中では時折、「問題作」としか呼びようのないぶっ飛んだ発想の作品に出会うこともある。ライトノベルもまた、他のあらゆるジャンルと同じく一つの巨大な表現の実験場ということか。個々の「実験」の成否がどうあれ、活発な試行錯誤そのものはジャンルの発展を下支えする運動として歓迎すべきだろう。
 本作『ストライプ・ザ・パンツァー』もそうした「実験」の成果の一つだ。宇宙から飛来した知的生命体が、事故で死にかけていた少女に取り憑き、命を救う。知的生命体は記憶を失っており、「失踪した兄を探す」という少女の行動を手助けする代わりに自分の記憶の手がかりも探して欲しいと申し出る。これだけ書けば、ありふれたファーストコンタクトもののプロローグに見える。ありふれていないのはただ一点、その生命体が縞パンの姿をしていることだけだ。
 そう、本作は少女とパンツ型生命体の共生を描くパンツSFアクションなのである。ドタバタギャグ的な設定ながら、ストーリー展開やそれを描く筆致はあくまでシリアスで、そのギャップが笑いを誘う。主人公の前に立ちはだかる邪悪な黒レースパンツ型生命体、パンツのゴムをバチーンとすることによるエネルギー充填など、パンツ尽くしで細かく練り込まれた世界観にも好感がもてる。ストーリーの単純さや、生命体が下着型であるそもそもの理由付けが欠けていること、パンツという題材がもつ「不浄さ」というテーマの掘り下げの浅さなどが不満点として指摘されたものの、一点突破のアイデアで物語を構築する冒険的な姿勢が評価され、今回のノミネートの運びとなった。

『代償のギルタオン』神高 槍矢
強大な力をもつ古代兵器・ギルタオンを巡って戦争が繰り広げられている異世界。貧民街で家族のように暮らしていたヤシャナ、ライク、ミコの三人の少年少女は、悪化していく治安に不安を抱き、新生活を夢見て列車で首都への密行を企てる。だが、列車は敵国の工作によって立ち往生し、乗客は通りがかった軍の飛行船に収容される。その飛行船の任務は、国境付近の遺跡に眠るギルタオンの回収だった……。
 ギルタオンという巨大ロボットを中心ガジェットに据えた「ロボットもの」と呼べる作品だが、物語の主眼はガジェットよりもそれを通して描かれる人間ドラマにある。乗り込むにはその機体に固有の「代償」を支払わねばならず、しかもその代償が大切なものであればあるほど力を発揮するというギルタオンへの搭乗を巡って鋭く対立する国家と個人の思惑。否応なしに悪化していく状況は、ほとんど見透かされた悲劇へと着実に主人公たちを追い詰めていく。フィクションに現実のメタファーを読み取ることには危険が伴うとはいえ、本作にある種の政治的主題を見出さずにいることは難しい。この物語を満たしている不安は、国家が「全体」の利益を追求した際に個人がいかに無力で、容易く食い物にされるかという不安である。読者が軍人シャリオに、そして終盤には軍人ロクトに感じるであろう醜悪さは、「全体」の論理の代弁者と成り果てた官僚に対して感じる醜悪さだ。異世界と巨大ロボットという非現実的な道具立てを用いて、作者はそうした現実的な不安を見事に表現している。グラカリムの無邪気な正義も、ミルリーチの無償の奉仕も、この世界では「全体」の重圧を際立たせる添え物でしかない。こうした確かな手触りをもった重圧の中で、ときにそれに呑み込まれ、ときにほとんど勝ち目のない抵抗を繰り広げる「個人」たちの姿こそが本作の最も大きな読みどころだ。
 選考会では最終的に本作と『スチームヘヴン・フリークス』との一騎打ちとなったが、その際に最も大きな争点となったのが「キャラクター」のポテンシャルについてだった。ストーリーそのものは荒削りながら、過剰に詰め込まれたキャラ設定が豊かなシリーズ展開の可能性を感じさせる『スチーム』と、物語の完成度は図抜けているが、キャラ設定がストーリーの枠組みに過不足なく収められ、シリーズよりは大河ロマンとしての構成をもつ『ギルタオン』。議論は「ライトノベル」というジャンルに固有の可能性をどのような要素に見出すべきかという話題にまで及んだ。結果として本作は惜しくも受賞を逃すことになったが、本作を含め今回のノミネート作はクオリティという点では互いに拮抗しており、選考メンバーのライトノベル観がこれまでにも増して激しくぶつかり合う選考となった。
 その他、本作に関しては序盤から中盤にかけてのエンターテインメント的な牽引力の弱さに対する不満や、ラストシーンで主人公に救いの可能性を示唆したことが過剰なセンチメンタリズムの発露ないし「代償」というテーマの不徹底ではないかといった批判も上がったが、いずれも作品評価に決定的な影響を与えるには至らなかった。

『Monsters Days』扇友太
二つだけ必要だ。凸凹コンビと多くを背負った子供を守るストーリー。これはその話だ。とりわけ、『Monster Days』(以下、MD)に出てくるような男女の凸凹コンビの例と言えば私的には『ボーンズ』のブースとブレナンが思い出される。ただし、あの二人よりMDのコンビはずっと熱血である。
舞台はオウラ大陸クリアト連邦共和国ロザリント市。異界より魔物が迷いこんだ「邂逅の日」から初めて人魔共生社会を築き上げた社会だ。そんな世界の中で、人間と魔物の間を取り持つ調停官のの二人が活躍する。一人は人間でありながら魔物の義兄を持った男と、もう一人は相方の言う方を全く聞かないユニコーンの女。二人はドラゴン族の幼い王女の子を守り、それが物語の軸となる。
まるで実世界の世界情勢を切り取るかのような産業構造や、幼い王女が共和国に引き渡される原因となる領土問題、そもそも異民族を許容してどう生きるかという昨今ますます切迫した問題をなぞるかのような設定と描写の数々。それぞれがきちんと組み立てられ、著者の筆も冴え渡り、世界観の設定が違和感なく頭に入って来る。
さらには登場人物たちの魅力もよく描かれている。偏屈だがいざとなると頼りがいのある上司、へらず口を叩きながらもなんだかんだいって主人公たちの味方であり続ける同僚たち。守られるべき幼い王女は自己犠牲によって多くを守ろうとし、それを許さない主人公たちの前に立ちはだかる強敵さえもまた一筋縄では解決できない事情を抱え込んでいる。こんな彼らの戦いに読んでいて目が離せなくなる。
実際、本会議でもノミネート作品中最も完成度の高いものとしてMDは取り上げられた。それほどの作品である。しかし、ある欠点の故に大賞受賞とはいたらなかった。
作者は確かに設定の読ませ方、人物作り、ストーリー構成のどれ一つにも大きな欠点があるとは言いがいほどの技術を持っている。しかし、それは言い換えれば組合わせがうまいというだけの話なのだ。本大会に興味を持つようなラノベ読者のうち、とりわけ異世界ファンタジーものを好む人なら「よくできた作品ではあるが」と留保をつけたくもなるだろう。
しかしその一点のみで批判することはできない。誰が『とある魔術の禁書目録』の第一巻を読んだとき、それが後に長く愛されることになると予想しえただろうか? 次巻の期待をするのにためらいがいらない作品である。

神託学園の超越者』秋堂 カオル
ある日突然異能力を得た生徒たちが、戦場と化した学校を舞台に学園の頂点を目指す。主人公は戦闘を避けて毎日を過ごしていたが、とある無能力者の少女との出会いをきっかけに、少女とともに学園の頂点を目指す。
 こうあらすじをまとめると、この小説はよくある学園異能バトルモノに見える。しかしそれだけだと、この小説が本格ライトノベル大賞の候補に上がることはなかったに違いない。
 この小説の一番の特徴は、主人公が持つ「六行視」という能力(小説世界に存在しながら、その小説の文章を六行先まで読み、それを改変することができる能力)である。「六行視」というメタ的な能力を投入することによって、単なる異能バトルは非常に新鮮なものとなる。そしてそのバトルは、作者の技量によって安定感のある仕上がりになっている。
 選考会では、戦闘ついては文句なしの評価を受けた反面、ライトノベルでは重要な側面である恋愛描写には辛辣な評価が寄せられた。また、「六行視」の設定はある種の一発ネタであるため、続刊にもあまり期待できない。この点もマイナスポイントであった。
 確かにこの作品は、全体を見ると荒っぽい部分が目につく。しかしこの作者は、新鮮な設定を生み出す能力と、それを活かす技量を持っている。この作者の次回作にも、大いに期待を寄せて良いと思われる。